取材場所のテーブルに並ぶのは、筆ペンやインク、見慣れない形のペン先。 「どれでも触っていいですよ」と柔らかく笑うのが、今回お話を伺ったハンドレタリング作家のbechori(べちょり)さんです。
Instagramに投稿していた練習作品をきっかけに注目を集め、現在はニューヨークやヨーロッパなど海外でもワークショップを開催。世界中にファンを持つ存在です。 そんなbechoriさんが「ヨコハマヨコツナガリ」を知ったきっかけは、意外にもSNSでした。
「多分スレッズですね。横浜で活動している人を募集している投稿を何回か見かけて。最初はスルーしてたんですけど、でも気になって。横浜だし、僕で役に立つことがあるならと思って連絡しました」
生まれも育ちも横浜。今回は、文字との出会いから現在の活動、そして「手書き」に込める想いまで伺いました。
広告の文字をなぞっていた、文字との「不思議な」出会い
Q.子どもの頃から、書くことは好きだったんですか?
学生時代は割とおとなしくて前に出るタイプではなかったというbechoriさん。けれど「書くこと」への熱量は、人一倍だったそうです。
bechoriさん: 小学校に入る頃、「僕は習字を習わないといけないんじゃないか」という謎の使命感に駆られて、自分から母にお願いして書道教室に6年通いました。 あと、これは母から後で聞いて知ったんですけど、物心ついた頃から、新聞の折り込み広告の大きな印刷文字の上に紙を重ねて、ひたすらトレースして遊んでいたらしいんですよ。……ちょっと謎の怪しい幼少期ですよね(笑)

そう話すbechoriさん。当時はマンガの模写にも没頭していたそうで、「なぞる」「写す」という行為そのものに強い興味を持っていた様子がうかがえます。今の活動にも通じる感覚は、すでにこの頃からあったのかもしれません。
完売した30個のシナモンロール。文字が人を動かした瞬間
Q. ハンドレタリングを始めた「一番のきっかけ」を教えてください
bechoriさん: 一番最初のきっかけは、スターバックスで働いていた時ですね。よくレジカウンターの上に、おすすめを紹介する黒板があるじゃないですか。あれを書かせてもらったんです。 ある日、営業終了まであと2時間半しかないのに、フードのシナモンロールが30個も余ってしまって。このままだと、その日は全部廃棄になってしまう状況でした。 「僕が黒板を書きます!」と手を挙げて、レジの上と、店の前に立てかけてあるボードの2箇所におすすめを書いたんです。
インタビュアー: 2時間半で30個……結果はどうだったんですか?
bechoriさん: 夜10時半の閉店前に、全部完売したんです。その時に初めて「文字の力って、こんなにすごいんだ」と肌で感じました。それがレタリングにのめり込む大きなきっかけになって、最初はチョークボードの書き方から独学で練習を始めました。

「自分には向いてない」という確信から始まった、もう一つの人生
Q. スターバックスを辞めた後は、どのような道を歩まれたのですか?
bechoriさん: その後、一度は転職して普通のサラリーマンをやっていたんです。転職エージェントの会社に勤めていたのですが、正直、自分にはあまりにも向いていなくて(笑)。 毎日スーツを着てネクタイを締め、満員電車に揺られて。死んだ魚の目をして、ひたすらパソコンを打つ毎日でした。「自分には普通のサラリーマンは向いてないな」って。
そんな日々の中で、たまたまYouTubeで見た動画をきっかけに、ハンドレタリングをもう一度やってみようと思ったんです。 2016年頃から、趣味としてInstagramに日々の練習記録を載せ始めたのですが、すると想像以上にリアクションをいただくようになって。
インタビュアー: 趣味で始めたことが、どんどん仕事に繋がっていったんですね。
bechoriさん: そうなんです。ワークショップの開催をお願いされたり、企業さんからお声掛けをいただいたり。そうこうしているうちに、副業だったレタリングの収入が本業の給料を超えてしまったんです。 「これなら、こっちを仕事にしたほうが絶対に幸せだよね」と思って、2019年、何の未練もなく会社を辞めました。

「あの時辞めて本当によかった」と晴れやかに語るbechoriさん。その表情には、自分の「好き」を信じて道を切り拓いた人ならではの、穏やかな自信が滲んでいました。
ニューヨークで3分完売したワークショップ
Q. これまでの活動の中で、特に印象に残っているお仕事は何ですか?
bechoriさん: 2年前にニューヨークで初めて海外ワークショップをやったことですね。 きっかけは、InstagramのDMでイベントの誘いが来たことだったんですけど、最初は「これ詐欺メールかな?」と疑いました(笑)。 でもZoomで話をしたら、本当に僕を呼びたいという熱意が伝わってきて。渡航費などは自己負担という条件でしたが、「これは二度とないチャンスだ」と腹をくくって飛んだんです。
すると、さらに驚くことが起きて。3日間のイベントでワークショップを4コマ予定していたのですが、販売開始からわずか3分で全部ソールドアウトしてしまったんです。あまりの反響にキャンセル待ちが続出して、急遽ワークショップを6コマに増設。しかし、その追加分まで、すぐに完売してしまいました。

インタビュアー: ニューヨークの方々をそこまで惹きつけた理由は、何だったのでしょうか。
bechoriさん: なぜ僕だったのか主催者に聞いたら、「他の人は一般的なカリグラフィーでエレガントすぎて、初心者には難しそうに見える。でも、bechoriのレタリングはカジュアルでビギナーフレンドリー(初心者にも優しい)な感じがいいと思ったから声をかけたんだ」と言われたんです。それが、すごく嬉しかったですね。
「偶然」と「こじれた色」を愛でる、職人の遊び心
Q. 今日持ってきていただいた道具、不思議な形をしていますね
テーブルに並んだ瞬間、思わず目を引いたのは、見慣れない形のペン先。bechoriさんは、それらの道具を一つひとつ紹介してくれました。

bechoriさん: これは海外製の「オーナメントニブ」という、先が丸い金属のペン先です。もともとは別の用途のペンなんですけど、僕はこれで書く文字が好きで。僕がワークショップで使い始めたら、日本での売り上げが上がって流通するようになった……なんてメーカーさんに言われたりもします。本当かどうかは分かりませんけどね(笑)。
そう言って屈託なく笑うbechoriさん。その筆先から生み出される作品は、色の重なりが非常に美しく、絶妙なバランスを保っています。
インタビュアー: 作品の色の組み合わせも、とてもおしゃれでバランスがいいですよね。どうやってこの色を決めているんですか?

bechoriさん: 実は、色の混ざり具合は全部偶然の産物なんです。1色につき1本のペンを使って、単純に1文字ずつ交互に色を変えて書いているだけ。すると前の文字の線の終わりに溜まったインクが、次の文字のインクとぶつかって、自然に綺麗なグラデーションになるんです。 計算して書くより、その瞬間の混ざり具合を楽しむ方が僕らしいなと。

インクの色そのものも、僕は少し「こじれた色」が好きなんです。プロデュースしたインク「bechorism」も、書きたては素朴な色なのに、乾いていくうちにぐちゃーっと変化していくような色にしてもらいました。日本の伝統色とか、街を歩いていて「この壁の色いいな」と写真に撮った色とか、そういう曖昧なニュアンスの色に心が動くんです。
デジタル全盛の今、あえて手書きにこだわる理由
Q. あえて手書きに時間をかける魅力とは何でしょうか
bechoriさん: 今の時代、デジタルが普及すればするほど、アナログの大事さをすごく感じるんです。手書きでしか表現できない線の揺らぎやニュアンスって、デジタルでは絶対に出せないもの。それに、実際に手を動かして書くこと自体、デジタル作業より圧倒的に脳の神経を使っている気がするんですよね。書けば書くほどインスピレーションが湧いてくる。その感覚をすごく大切にしています。

実際にbechoriさんがペンを走らせる様子を拝見すると、驚くほどゆっくりと、一筆一筆を慈しむように書かれていました。その姿は、流れる時間をデザインしているかのよう。見守る私たちも、思わず息を呑み、まばたきを忘れてしまうほどの優雅な空気が流れます。

インタビュアー: 手書きの文字からは、その人の温度が伝わってくる気がします。
bechoriさん: 文字にすると、自分軸ができて、人に振り回されず、穏やかに過ごせるようになるんです。
手書きの楽しさを、もっと多くの人へ
Q. ワークショップでは、どのようなことを大切にされていますか?
bechoriさん: 基本的には、未経験の方でも2時間半でひとつの作品が書けるようにガイドしています。道具もすべてこちらで用意していて、終わったあとも練習できるようにペンやテキストをセットで持ち帰ってもらっています。 あと、ワークショップが終わったあとも「質問は永久にし放題です」と言っているんですよ。勇気を出して質問を送ってくれたら、全部返信します。そうやって、文字を好きになってくれる人が増えたらいいなと思っています。

クリエイターを目指す人へ
Q. 最後に、これからクリエイターを目指す人へのアドバイスをお願いします
bechoriさん: まず、自分が何が好きかを知ること。意外と多くの人が、自分の好き嫌いを理解していないんです。だからこそ、まずは嫌いなことに割く時間を減らす。やりたくないことを排除して、余った時間を全部好きなことに使うんです。

あとは、発信ですね。今は無料で発信できるツールがたくさんあります。Instagramでも、YouTubeでも、noteでもいい。とりあえず投稿してみたらいいと思います。そこから世界が広がる可能性があることは、僕がそうだったように、勇気を出して一歩踏み出した人だけが体験できるはずだと信じています。

今回の取材は、ヨコハマヨコツナガリの拠点となる TAGLY BASE(タグリーベース) で行われました。
取材の後には、店で提供予定のコーヒーの試飲も。bechoriさんは取材メンバーと一緒にカップを手に取り、「この香りいいですね」「飲みやすいですね」と率直な感想を聞かせてくれました。 海外でも活躍するクリエイターでありながら、その距離感はとても自然体。気取らず、目の前の人との時間を大切にする姿が印象に残りました。
取材の最後には、「meet in yokohama」の文字を実際に書いていただきました。この作品は、今回の取材場所でもある TAGLY BASE(タグリーベース)に飾られる予定です。
横浜で生まれたつながりが、また新しい出会いを生んでいく。その始まりを感じさせてくれる、あたたかな時間でした。
▼ bechoriさんの詳細・お仕事依頼はこちら [ 横浜クリエイターズマップで「bechori」さんを見る ]

この記事をつくった人たち
この記事は「ヨコツナガリの会」所属メンバーで作成しました。
ヨコハマ、ヨコツナガリが運営する「ヨコツナガリの会」は、神奈川県で活動するクリエイターのリアルコミュニティです。
“クリエイターの力で、横浜をどんどこ盛り上げる!”をコンセプトに、横浜拠点クリエイターが繋がり様々なプロジェクトに挑戦をしています。








